原風景
どうしてバイクに乗ることになったのか。
理由があるとしても、ひとつではない。
まずは、初めて乗ったときの記憶が心地よいものだったからだろう。
まだ保育園児のころ、家の五右衛門風呂の焚き口に落ち、肩を火傷した。
当時、カリスマ医師が20キロくらい離れた街に開業していて、そこに通うことになった。母方の祖父が、私をおぶって毎日スーパーカブで通院してくれた。
おかげで、「なんで、もっと早くに連れて来なかった!」と叱責された火傷は、跡形も無く消えて治った。
長じてから、たびたびこのタンデムの話になった。
ある日、治療の痛みに泣く私を可愛そうに思った祖父が、帰り道の途中にある駄菓子屋さんでアイスクリームを買い与えたそうだ。
よほど美味しかったのだろう。
それからというもの、駄菓子屋さんの前を通るたびにアイスクリームをねだられるようになり、祖父は困ったそうだ。
駄菓子屋さんに近づくと、
「まきちゃん、空見てみられ。象さんみたいな雲やよ。」
などと、気を外らせることに苦心したそうだ。
通院は何ヶ月にも及び、祖父は仕事や農作業で忙しいなかを、やりくりしてくれた。痛かった記憶は無いが、
祖父の背中の温もりや、安心して身を委ねる満たされた感覚は覚えている。
バイクに跨ると無条件に満たされるのは、祖父との思い出のせいかもしれない。