原風景その二
バイクに乗ることになった理由
二つ目に思い当たるのは、高校時代の出逢いだ。
高校生の私は、幸いにも片想いをしていた。
片想いの相手は、同じ街から同じ高校に通っていた。
夏のある日、列車の少し離れた席に座って、文庫本を読む彼を見つけた。
何を読んでいるのだろう。
彼の読んでいる本が何かを知ることは、彼を知ることだ。
用事もないのに、隣の車両に移動して、通りすがりに背表紙を見た。
読むことは出来なかったけれど、背表紙の色は確認できた。
駅の建物の中にある書店で、同じ色の背表紙を探した。
赤い背表紙は、片岡義男という作家さんの文庫本だとわかった。
文字の量と印象から、「彼のオートバイ彼女の島」だと推理した。
もちろん購入した。
彼を知りたいと思って手にとった本だったが、読んでみると、淡々とした描写や世界観に心惹かれていった。
アップルタイザー。オリーブ色のシャツ。ドライマティーニ。ビルエバンス。
そしてバイクだ。
風になる主人公と自分を重ねるうちに、普通運転免許を取ったら、すぐに二輪免許を取ると決めた。
片想いの彼が読んでいた文庫本が、実は片岡義男さんの本ではなかったことを知るのは、6年後だ。
彼のヤマハと私のホンダでツーリングに行き、雨宿りした軒下で判明した。
私の推理は見当違いだったけれど、バイクと出逢えたから良かったとしよう。